飲食の価値基準は、静かに変わりつつある。
かつての成功指標は「QSC(クオリティ・サービス・クレンリネス)」─品質・サービス・清潔さを整えることだった。
だが、整った店はもはや珍しくない。
これからの時代、問われるのは「何を提供するか」ではなく、「なぜその店をやるのか」である。
◾️QSC:整える経営
QSCは、飲食業の“工業化の指標”であり、チェーンオペレーション展開の基礎を支えてきた。
だが、その指標に沿って整った店は、いまや街に溢れている。
「きれいで、丁寧で、安定している」だけでは、もはや差別化にならない。
飲食の競争軸は、「整える」から「伝わる」へと確実にシフトしている。
◾️QSP:語れる経営
次の時代を象徴するキーワードが、QSP─クオリティ、ストーリー、フィロソフィーだ。
「なぜこの店をやるのか」という思想が物語となり、顧客を動かす。
その代表例が、伊勢神宮の門前にある「ゑびや大食堂」である。
一時は客足が途絶えていたが、ソフトバンク出身の小田島春樹社長が経営に参画して以来、
売上は1億円から12億円へ、従業員数は42人から47人へと変化した。
たった5人の増員で売上12倍──この劇的な変化を支えたのは、ITでもAIでもなく、経営思想だった。
小田島氏はこう語る。
「人を増やして売上を伸ばすモデルは、もう成り立たない。
だから、人を増やさずに売上と利益を上げる方法を考える必要がある。」
多くの経営者が“効率化”という言葉を使うが、小田島氏の言う生産性とは、単なるスピードアップではない。
自分たちの仕事を高解像度で理解し、何に人の時間を使うかを再設計すること。
それこそが、ゑびやが実践する「思想としての経営」である。
AIによる来客予測、セルフレジ、タブレット注文といったDXは、手段にすぎない。
重要なのは、「どの仕事を減らし、どの業務に人の力を注ぐか」という設計思想である。
テクノロジーよりも思想が先にあり、思想があるからこそテクノロジーが機能する。
この順序こそが、QSP経営の核心だ。
